会計士だからこそ活躍できる事業再生。信頼される事業再生コンサルタントとは!?

会計士だからこそ活躍できる事業再生。信頼される事業再生コンサルタントとは!?

みそうパートナーズ株式会社 代表取締役 山本淳氏(公認会計士)に、みそうパートナーズ設立に至るキャリアの背景、会計士が事業再生で活躍できる理由と活躍するためのポイントを伺った。お客様へのコミット。そこから得られる感謝、そして継続される信頼関係。大変な時にパートナーとして寄り添ってくれるコンサルタントは、会社の社長にとってかけがえのない存在だ。そんな存在として活躍できる可能性を多分に秘めているのが会計士だ。
【9月14日開催】事業再生で活躍する会計士の実務勉強会

事業再生ほどお客様から感謝される仕事はない
―会計士を目指されたきっかけを教えてください
会計士では珍しいと思いますが、私は家の都合で大学には行かず、高校卒業後は家計を助けるため、生活をするために色々な仕事をしていました。ただぼんやりと家族には「パパはこんな仕事しているぞ」と誇らしく言えるような仕事につきたいと思っていました。仕事で店舗を任された時に簿記を勉強したこともあり、漠然と公認会計士を目指すことにしました。働きながら勉強し、26歳の時に一発で会計士試験に合格し会計士になりました。

―合格後、有限責任監査法人トーマツ(以下トーマツ)に入所されていますが、当時はどのようにキャリアを積んでいこうと考えていましたか?
正直に言って、資格本くらいの知識で他には何もありませんでした。監査法人入所後に、監査法人や会計士の仕事についてやっと理解しました。

―トーマツではどのような仕事に携わっていらっしゃったのでしょうか?
上場準備中の企業や、比較的小規模の上場企業の監査を主に担当しました。クライアントの規模的に初年度から多くの科目を担当することができたのですが、2年間監査を担当して「これは私じゃなくてもできる仕事だしお客様に感謝されない、私のやりたい仕事は監査ではない!」と思い、上司にアドバイザリー部門への転籍を打診し、上司の説得と配慮もあり、監査クライアントを2~3社とアドバイザリーの仕事を兼務することになりました。当時、監査法人が事業再生の仕事を受け始めた頃で、私は事業再生の仕事に携わることが多く、この時に自身のやりたい仕事、進むべき道が開けました。

―中央青山に転職し、本格的に事業再生をやりはじめた頃に大変だと感じたことを教えてください
事業再生の仕事にはとてもやりがいを感じていました。監査の仕事をやっていて、お客様に感謝されることはあまりないのですが、事業再生の仕事はお客様からすごく感謝されました。事業再生の仕事に特化していきたいなと思っていた頃に、中央青山監査法人の大阪事務所が中央青山コンサルティング株式会社を立ち上げる時にお誘いいただいて、立ち上げメンバーとして参画しました。

当時は未だ金融円滑化法も何もなく銀行の協調体制が全くない時でした。私がお客様と一緒に「申し訳ございません!実は数字が違っていました。今後はこのように立て直していくので申し訳ないが返済計画を変更してもらえないでしょうか!?」と銀行にお願いしに行っても、門前払いされるような時代でした。お客様は銀行に頭があがらない状況ですし、返済を迫られて二進も三進もいかない状態ですから、誰かが一緒に寄り添って助けてあげないといけないという思いで、必死に仕事をしました。

現在は、後に施行された金融円滑法の精神が残っており、銀行も協調体制があるので、昔ほどひどい対応にはなりません。協調体制が全くない時代の再生を経験したコンサルタントは精神的にタフだと思います。

―事業再生とはどういうものでしょうか?
当時の監査法人の事業再生は、民事再生、会社更生等弁護士の法的整理のお手伝いや、表面的な数値計画の作成といった事が主流でした。しかし、私は本当の意味での事業再生コンサルタントというのは、人材や資金等経営資源の乏しい再生会社がどのようにすれば生き残っていけるのか、さらに新たな成長をしていけるのかについて明確に方向性を示し、それを達成すべく組織を引っ張っていける存在だと考えていました。

なので私は、デューデリジェンス(以下DD)から始めて、会社を立て直すためにはどうすればいいのか社長とぶつかりながらもじっくり話をして、現場も巻き込み一緒に計画を作り、目標を達成していくお手伝いまで深く関与しました。その結果、いくつもの劇的な再生を図る企業が生まれ、お客様からももちろん、債権者である金融機関からも信頼を得ることができました。

―中央青山解体後、新日本有限責任監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)に入社されていますが、その後のご経験も教えてください。
中央青山の解体がきっかけで、新日本有限責任監査法人に数名のチームで移り、徐々にメンバーを増やしていきましたが基本的には営業チャネルも、クライアントも関西が基盤でした。しかし新日本有限責任監査法人の東京では、色々な部署で散らばって"事業再生案件"を引き受け、引き受けた案件がうまくいかないケースが増えていました。

立て直すため、散らばっていた人と案件を集め、東京にも中小企業支援のチームを作り、東京と大阪の両方の事業再生チームを管掌することになりました。窓口が統一されたこともあり、東京においても多くのクライアントに関与することができて、組織は急成長しました。この時のメンバーが今の弊社の主力メンバーとなりました。

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お客様へのコミット。お客様を守るための独立。
―みそうパートナーズを立ち上げた背景を教えてください
2016年に私が管掌していたメンバーを主力としてスピンアウトして、みそうパートナーズを立ち上げました。
背景の一つは、東芝問題が起こり、監査の審査体制が強化されたことです。私たちは監査法人にいる部隊だったので監査と同様に審査体制が強化されました。我々の業務は監査法人内ではある意味特殊なものだったので、新規や継続契約の受注においてなかなか理解が得られない、一方でクライアントは時間的に待ったなしの状況が多く、また債権者である金融機関も猶予がない、このような中でスムーズにクライアントの支援ができず多方面に迷惑がかかる事態が出始めました。

そしてもうひとつはグループ内での業際問題。クライアントやその紹介先は我々の部隊や個人を信頼し任せてくれたのですが、ここまでの業務は我々、それ以外はグループのアドバイザリー会社を使わなければならないというような事態となり、自身でクライアントに深くコミットして業務を継続して実施していくスタイルをとることが困難な状況になってきました。

私のチームだけでお客様は70~80社抱えていたので「このままではお客様を守れない。お客様は露頭に迷うかもしれない。クライアントファーストを貫くためにもチームメンバーのためにも独立がベストだ」と決意してスピンアウトしました。

―山本さんのチームが手掛ける事業再生と監査法人の事業再生でもっとも異なる点はどこでしょうか?
お客様、引いては金融機関等外部利害関係者へのコミットだと思います。監査法人系のコンサルはリスクを考えて仕事をせざるを得ないところもあるので火中の栗は拾いに行く仕事はなかなかできない。私たちはリスクの高い案件も引き受けるし、またどんな状況になろうとも最後まで逃げません。

―会計士が事業再生コンサルで活躍できるポイントはどのようなところでしょうか
一番は数字が読めることですね。会計士の強みだと思います。会計士ではなくても事業再生の舞台で活躍している人もいますが、ごくわずかだと思います。
特に事業再生コンサルは数字に強いだけでなく、そのひとつひとつの意味を理解することが大切で、そのベースのある会計士が一番適任だと思っています。

―コンサル領域の中で御社の事業再生コンサルの特徴はありますか?
継続契約が多いのは特徴かもしれません。中央青山の頃から、18年間も付き合ってくださっているお客様もいます。18年前、大粉飾で破綻懸念先になり、銀行には債権を売られ会社は倒産寸前。その状態から私たちがお手伝いして3年で持ち直し、当時は奇跡の再生と言われましたが、再生後もずっとそのお客様からは継続契約を頂いています。

一般的に事業再生はDDをしてスタート地点を決めます。財務状況の把握、事業の把握、というのがスタート地点です。そこから再生計画を作り、銀行に計画を説明して必要な金融支援を得る。そこから、状況を応じて、ハンズオンで色んな仕事をしながらお客様と長い付き合いをしていきます。多くのコンサル会社はDD計画策定の第一フェーズで終わってしまうところも多いんです。料金が高すぎたり、お客様との関係性が希薄だったり、スタンスが銀行寄りすぎる等、原因は様々ですが、計画の策定と金融調整はほんの第一フェーズです。

私は本当の意味での事業再生というのはターンアラウンドだと思っています。ただコストを削減し延命を図ることは事業再生ではありません。ターンアラウンドというのは方向転換であり、またそれによる企業価値の新たな創造なんです。戦略の方向転換は「戦う場所を変える」「戦う武器を変える」「戦い方を変える」この3つです。

例えばワークマンは、今や作業服だけではなく、アウトドアやスポーツなどのカジュアルウエアの企業になりました。また、滑らない安全靴のノウハウを転用して妊婦さんに絶大な支持を得ている。これがターンアラウンド。考え方が変われば会社の見え方が変わり、それを実行することで会社が変わるのです。再生企業は、人材や資金等経営資源が乏しいという制約があるのですが、その中でもとれる手立てを考え実行していくことで、真の意味での事業再生が図れると考えます。

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方向性を決め覚悟を持って進めば失敗ではなくなる
―キャリアに悩んでいる若手会計士に向けてのアドバイスをお願いします。
会計士としてどうやって自身の力で飯を食っていくのか。自分のバリューをどうやって上げていくかをなるべく早く考え、方向性を決め覚悟を持って進まなくてはいけないと思います。そうすれば例え失敗してもその経験が大いに活かされるし、いつでもやり直しがきくと思います。

監査法人がいつまでも守ってくれると思っていたら大間違いです。監査法人にいて自分で食べていく力をつけられる人はごく一部だと思います。別の分野で自身の価値を高めていきたい、チャレンジしたいという人は、監査を経験したら早めに監査法人を出たほうがいいと思います。何か新しいことを始めるには35歳までには動かないと動きにくくなると思っています。家族を抱えて無責任に新たなチャレンジをするのは難しいと思うからです。それまでに自分なりに生きていく道を作ることがベストと思います。

例えば今より給与が下がることに抵抗がある人も多い。今の100万、200万円が大事か将来の何千万円が大事なのか、そもそも自分のバリューを上げないと今後の報酬が上がっていくことはありません。報酬を重視するのか、キャリアを重視するのか、自己実現を重視するのか、なんでもいい。方向性も目標も決めず流れに任せているだけだと埋もれてしまうという話は後輩達にしています。

かといって、いい加減な気持ちで転職して通用するほど甘くないので、いい加減な気持ちで転職するくらいなら監査法人に残っていた方がいいと思います。それが自身のためにもなるでしょう。ちょっと合わないとか、うまくいかないと思ったらすぐ次に移ろうとする人が多いですが、こういう人は成長しない。クライアントや周辺の仲間の事を考えず自身だけを考える人間は誰からも信用されない。歯を食いしばって頑張ることで得られることは沢山あるし、それがその人の成長につながります。

例えば事業再生を考えても、その業務の流れを理解するのは頭のいい人であればすぐにできるでしょう。ただ事業再生の重さを理解し、本当の意味でクライアントの再生を達成していくお手伝いができるようになるには最低3年くらいはかかると思います。そこまで食らいついていく強い意志と覚悟を持てる若手会計士の皆様に是非この舞台にあがっていただきたいと思います。

Profile
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山本淳(やまもとじゅん)
みそうパートナーズ株式会社 代表取締役 公認会計士
有限責任監査法人トーマツにて会計監査業務に従事した後、2000年からは企業コンサルティングに特化して業務を実施。
2007年に新日本有限責任監査法人(新日本パブリック・アフェアーズ㈱兼務)に入所し、プロジェクト責任者として多数の案件に関与
2014年から主として中堅・中小企業に対するコンサルティング業務を展開する部署の責任者として東京・大阪エリアを統括する。
2016年10月みそうパートナーズを立ち上げ、クライアントと共に課題解決をしていくコンサルティングスタイルを貫いている。その結果、数多くの成功事例を創出し、多方面の金融機関から厚い信頼を得ている。コンサルティング業務における現在までの関与社数は500社にのぼる。